根津権現
私は、坂に浪漫を感じます。河岸段丘の多摩川に住んでいる私は、坂を下れば多摩川の夕焼けに染まる河川になじんできたからでしょう。地下鉄南北線の東大前から東大地震研の脇を通り、聖テモテ教会を右折するとs字の長い下り坂です。坂の名は、権現坂。坂は、根津神社に回り込むように神社正面につながっていました。 クリの花の匂いがツンと鼻にきます。やや終わりのツツジ、インドネシアの踊りやベリーダンス、輪島や文京区の工芸品のテントでにぎわう境内、参拝に並ぶ外国からの観光客、日常の静かな根津神社とはうって変わった下町の賑わいを十分を味わうことになりました。帰り道、表参道を通って根津駅へ。不忍に向かう人に紛れるのも手ですがここは、ひとつ。根津駅近くの言問通りの坂を上がりワキにそれて暗闇坂に入ってみました。竹久夢二美術館/彌生美術館に寄ってみようと思ったのです。鑑賞後併設の喫茶店の2階は緑に囲まれ、気持ちのよい時間を過ごすことができました。
竹久夢二美術館
竹久夢二の絵は、20代の私の記憶にあります。当時、絵のモデルの女性のおしゃれな感じが魅力的でしたが。アレ?モディリアーニの描く女性像に似てるなと思っているうちに興味は、モディリアーニヘ移ってしまいました。夢二のおしゃれ感は、よかったのですが、20代の私には、モディリアニの首を傾げた青い目がなぞでした。
竹久夢二もモディリアーニも同じ1889年の生まれだったんですね。大正デモクラシーの活気のある日本を背景にし女性をと浮名を流し、離婚した妻の生計が成り立つように小間物屋を買い与える夢二と、パリ万博後のこれまた活気のあるパリに生まれ、生前は名も知れることなく女性を描き続けたモディリアニ。夢二の装飾性に隠されたやさしさより、モディリアニの孤独や内面に向かう表現に20代の私は惹かれたのだと夢二の作品の数々を眺めながら思いました。
暗闇坂
暗闇坂は日差しをうけて限りなく明るく千代田線湯島駅まで続いています。途中に覗きたくなるような古書『ほうろう』があります。店頭には、音楽関係のお宝ものがならんでいました。
その先にはきれいに清掃された商売の神様を祭る境稲荷神社がありました。日本画家横山大観の自宅裏の道です。老舗の中華料理店「東天紅」寄進の神社の大きな赤い鳥居も負けてしまうほどの高層マンションが周囲を囲み、今や『異界の入り口「暗闇坂」は、失せにけり~』です。
さらに坂を下ってゆくと岩崎邸の壁沿いにも坂が、こちらは「無縁坂」といいます。その先には、小泉八雲居住跡、森鴎外下宿後などがあるはずです。無縁坂を横目に見ながらさらに下ることにしました。この先の教證寺には、江戸の歌人柳瀬美仲の墓があります。 境内の墓地には叔母のお墓もあるので、ときどきお参りにくるところです。
西陽に照らされる暗闇坂でしたが、ふと振り返ると、人けのない坂に、私の足音だけが遅れて残ります。・・・・・くわばら、くわばら。
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